1987年3月に発売されたAF一眼レフ、Canon EOS650は発売数ヶ月にしていきなりシェアトップに躍り出るほど人気を呼びました。それまで30年近く守り続けてきたR/FL/FDマウント互換性を思い切って捨てても、全てを新しい技術で構築し、今後新たな数十年を乗り切れる全く新しいプラットフォーム追求の成果がユーザから受け入れられた瞬間でした。
EOS650発売後、直ちに開発チームは後継機の策定に取りかかりました。そのなかに二つのプロジェクトが立ち上がったのです。ひとつはEOS650後継機、もうひとつはスポーツ写真などを対象とするプロカメラマン向けのボディでした。両者はできるだけ共通化を図りながらも、大きな違いがありました。それは、前者がいわゆる一般的なクイックリターンミラーを採用しているのに対し、後者はCanon PELLIXで採用した半透明ミラー(ペリクルミラー)を採用したことにあります。そして前者は1989年4月にEOS 630QDとして、後者は同年10月にEOS RTとして発表されました。
2機種同時並行開発であったEOS RTとEOS630QDは双子の兄弟のような関係でしたので、ボディや部品など多数の共用がなされています。ボディそのものはEOS650/620とほぼ同形状で、これらを含めると4機種がメカニズムや部品の共用を図っていることがわかります。ただ、EOS RTだけはミラーボックスやシャッターなどで異なる設計です。
EOS RTでは、Canon PELLIXに始まるデュポン社のポリエステル・フィルム幕に特殊コーティングを施したハーフミラーの改良タイプを使用しています。これはペリクルミラーと呼ばれていますが、PELLIX以降もCanon F-1やNew F-1の高速シャッター・モータードライブ専用モデルに採用され、スポーツ写真や分解写真などに使われてきました。PELLIXを除くとこれらの専用カメラは殆ど受注生産の限られたものでしたから、価格も極めて高くとても一般の写真愛好家が使えるものではありませんでした。
ところが、EOS RTではできるだけ部品をEOS630QDと共用化することと製品仕様を一般的に抑えることで、EOS630のスペックアップ仕様という形とEOS630の価格に3万円の上乗せで市場に出すことができたのです。それでもキヤノンはあまり売れないかも知れないと思ったのか、合計2万5千台という限定生産に留めました。その結果、国内ではあっという間に予約販売で打ち切りとなり、プレミアムがつくほどの人気となりました。
EOS RTの名前はReal Timeに由来したものです。名前の通り、一般向けのEOS630QDに比べるとその性能には歴然とした差があったのです。
何人もの方が証言していますが、EOS RTで撮影したカメラマンの何人もが思ったよりもシャッターの動作が速すぎると実感するくらい速かったのでした。また、ファインダー像も消失しないため、まるでレンジファインダー機で撮影しているようだと漏らすカメラマンもいたそうです。シャッターボタンのタイムラグ(レリーズラグ)は今のデジタルカメラでも問題になっているくらいで、現在でも一般的にはEOS RTよりも10倍くらいも長いのです。特に高速シャッターを謳っているミラーのないコンパクト・デジカメでやっとRTに追いつくくらいです。
※因みに、2012年4月現在EOSデジタル一眼レフカメラの最新機種であるEOS 5D Mark III(35mmフルサイズ)のレリーズタイムラグは約0.059秒と言われています。23年も前に発売されたこのEOS RTはすでに7.4倍も速かったのですから、その凄さは半端ではありません。
従って、このタイムラグの短さは今でも一線級のものだと思います。