コラム:BOSEとQC15ヘッドフォン⑤

 元々ノイズキャンセル目的で開発されたこのQC15は、その構成において入力されたアンプからの信号とドライバーユニットとの間にノイズキャンセルのための回路が存在する。勝手な推測ではあるが、恐らく開発チームはこの回路を単なるノイズキャンセル目的だけでなくヘッドフォン・アンプとして考えたのではないかと思う。スマートフォンや携帯音楽プレーヤーなどは元々消費電力を抑えるためにパワーアンプ部分の設計やデバイスにあまり凝ったことはできない。だから最近ではオーディオファイルのためにヘッドフォンアンプが注目されているくらいである。そこから送られてくる出力が所詮十分にはドライバーユニットを駆動させることが出来ないのなら、ノイズキャンセルのための電子回路にヘッドフォンアンプの機能も加えておけば様々な利点が生まれるわけだ。

 

 携帯音楽プレーヤーの非力な出力を受けながらそれを余裕を持ってドライバーに送り込めるし、ノイズキャンセル用のDSPを使用してドライバーユニットの特性に合わせたイコライザーを組み込むこともできる。さらにパワーアンプを専用のデジタルアンプにすれば超小型の優れたアンプとすることも出来るのである。もしわざわざスイッチでノイズキャンセルのOn/Offができるようにすると、内蔵アンプは一般的な特性の回路にしなくてはならず、ドライバーユニットの特性がそのまま出てしまう。それではせっかくの電子回路をノイズキャンセルのためにしか利用出来ないわけだ。

 

 所詮このヘッドフォンは移動時などで使用するためのものだから、ノイズキャンセルを使わないという使い方にはあえて目を瞑ってでもトータルの音質設計を重点においたということではないだろうか。だから例え周りの環境が騒々しくても静かでも、常にノイズキャンセルは働きますよ、という考え方なのだろう。

 

 このQC15はそういうわけでヘッドフォンアンプも内蔵しているわけだから、あえて携帯音楽プレーヤーとの間にヘッドフォンアンプを入れても意味がない。というか音質は変わらない。しかもこのヘッドフォンはボリュームなど余計な回路を一切持っていないので、音質を劣化させる要素がない。これで十分なのだが、あえて心配な点は電源として単四電池一本で動作させている点だ。アンプ回路の常道だが、電源電圧が高い方がダイナミックレンジやS/N比を高く取れる。さらに電力供給力が高いほどダンピングの良い音がする。単四電池一本では1.5Vしか供給できないし電源のインピーダンスも高いため不利であることは間違いない。ヘッドフォンとしてのフォームファクタからくる制約から止むを得ないのであろう。そこで僕はせめて電力供給能力の高い単四リチウム乾電池を常用している。これは大手のカメラ量販店などにしか置いていない、ちょっと目が飛び出る高価な電池なのだが、アルカリ乾電池に比べて相当長時間の使用が可能なので、コストパフォーマンスはそれ程悪くはないと思っている。気のせいかもしれないがしっかり馬力をかけて駆動してくれると思っている。

 

 話を元に戻そう。ノイズキャンセル機能について、常に動作するものといったん割り切ってしまえば、あとはもうBOSEの世界である。 しかし僕が驚いたのは、そこで出会ったのはいつものBOSEではなかったということだ。確かにROCKやJAZZなどで切れ込みの鋭いBOSEはいた。ところがこのQC15はクラシックでも驚くようなスケールで聴かせてくれると言うことなのだ。それぞれの楽器のスケール感、そして奥行き。ダイナミック・レンジの大きさも素晴らしい。確かにMDR-CD3000には及ばないものの、フル・オーケストラを聴いていて、各パートの間の空間を聴き取れることができるヘッドフォンはそうざらにあるものではない。このQC15はそれができる数少ないヘッドフォンのひとつだと言える。そのダイナミックレンジを十分に味わうことを可能にするために、ノイズキャンセル機能が意味を持ってくるのだ。クラシックやJAZZライブなど、アコースティック楽器の繊細で緻密な音やアーティストの息遣い、ホールやライブハウスの空気感などがリアルに伝わってくる。これが通勤電車の中でも味わえるのだからたまらなく嬉しい。

 

 それでいて周りの環境音もきちんと聞こえる。確かにそれは遠慮がちではあるが、全く聞こえなくなるようにはしていない。全く聞こえなくすることは可能かもしれないが、それでは逆に危険である。特に電車や駅のアナウンスがちゃんと聞こえるのもまた嬉しい。その一方で耳障りな電車の走行音とか道路を走るクルマの騒音などは殆ど気にならないくらいにまで押し込んでくれる。元々このQCシリーズは航空機のファーストクラス向けに開発されたと聞いたが、確かにこれなら機内で最もうるさいジェットエンジンの音を消しつつ、機内アナウンスなどは聞こえるようにというコンセプトを実現しているのだなと納得できる。

 

 というわけで、僕はこのQC15を場所を選ばずまたその音の品位という点についても高級ヘッドフォンと同等以上の満足度が得られるという点で最も評価している。さらに音楽のジャンルも選ばず僕のようなマルチジャンルのリスナーとして、今までのBOSEにはない幅の広い再生能力には脱帽するばかりだ。

 

 このQC15は、他のヘッドフォンと同様に使い込むほどにその真価を発揮することが分かっている。だからこのヘッドフォンを購入したなら、是非長期にわたり愛用していただきたい。しばらくは普通に楽しんでいて忘れた頃に、突然ハッとする程の変化がやって来る。思わず唸ってしまう程の変化を味わった時、貴方はいつも聴いている音源にグッと近づいた自分を感じることだろう。そしてその時それがQC15だということに気が付くのである。

 

(コラム おわり)

<<前へ                次へ>>

※この時計の時刻は、閲覧しているパソコンのものであり、必ずしも正確な時間とは限りません
ITmedia人気iPhoneアプリ