SONY DIGITAL Densuke
・TCD-D10
(昭和62年12月1日発売)
¥240,000
※本製品の販売終了は2005年12月
世界最初のDATデッキである、DTC-1000ESが発売されたのは1987年(昭和62年3月のことでした。その年の12月、DATのデンスケ、TCD-D10が発売されました。全体のサイズは別として、その頃既に高い評価を得ていたカセットデンスケTC-D5Mの影響を受けたと思われるボディシルエットに身を包んでいます。
1987年ころはDAT規格も発表当初であり、まだ著作権協会との折り合いがついておらず、据え置き型デッキもCDからのデジタルコピーができないように44.1kHzデジタル入力での録音が自粛されていた時代でした。このTCD-D10ではデンスケ(ライブ録音)という基本設計趣旨であったため、一切のデジタル入出力を搭載せず、アナログのRCAピン入出力のみをライン端子とし、あとはマイク入力とヘッドホン出力のみという極めてシンプルな構成としています。
家庭内での据置き利用と屋外での利用を兼用するという考えを思い切って捨ててアナログ録音だけを考えたため、録音入力側(A/D)はDAT標準のサンプリング周波数である48kHzのみを搭載しています。出力(D/A)は録音済みのテープ再生を考慮して32/44.1/48kHzの対応がなされています。
おもしろいのは、普通オプション扱いであるアクセサリーなどをすべてパッケージに入れて、まるでスターター・キットのようなライブ録音フルキット構成で販売されたことです。つまり本体、キャリングケースはもとより、充電式バッテリー・パック、充電器兼用ACアダプターと充電器ホルダー(クレードル)、ワンポイント型ステレオコンデンサーマイク(ECM-959DT)とウィンドスクリーン、マイクホルダー兼用のワイヤードリモコン、そして60分テープまでもが付属していました。ここまで付属するなら、どうしてヘッドフォンは付属しなかったのでしょうか(笑) 価格はしめて税抜きで¥250,000もしました。もしDTC-1000ESなどをデジタル編集用として同時に購入していたら両方併せて軽く50万円を超えたわけですから、恐ろしく高価なデジタル機器でした。当然私も予算がなく指をくわえてため息をついていたものです。 その後しばらくしてDATウォークマン(TCD-D3)が登場したほか、次々に低価格のDATが市場に送り出されたこともあって、一般のユーザにはこのTCD-D10は憧れの存在に過ぎなかったと思います。
しかし、このTCD-D10はその後プロフェッショナル機として立ち位置を変えて存在感を出し続けます。カセットデンスケTC-D5にプロ用モデルが設定されたように、TCD-D10PRO、続いてTCD-D10PRO IIという業務用専用機も登場しました。この業務用モデルは外観が民生用TCD-D10とそっくりなのですが、内部に使用されている部品や回路基板も異なれば液晶も異なるモデルで、マイク入力にはTC-D5PROと同様平衡入力型のXLRコネクタを採用しているほか、平衡デジタル入出力専用端子も備えるなど音源制作用機器として耐えられる仕様となっています。ちなみにこれらPROスペック機ではマイクなどのセット売りはしていなかったと思います。PRO仕様機の価格は34万円とのことですが、こちらはコンスーマ仕様のD10よりも製品寿命は短く、2004年には姿を消しています。
写真の所有機は、PROではない一般向けのモデルです。高価であったためか、市場に出回っている中古機の数はたいへん少ない上、程度のよい個体はさらに少ないのが実情です。たまたま予備機をとして複数台所有しておられたユーザの方からの放出があり、購入させていただきました。元箱の状態がかなり良好だったのに加え、なんと欠品のないフルキット構成でした。1995年に購入されたようですが、それから15年余りの間状態が良いまま維持されてこられたのは素晴らしく、まさしくレアものだと思います。本体やケースにも傷一つなく、マイクのウィンドスクリーンやリモコン、ショルダーベルト、取扱説明書などの書類一式は未開封でした。
キット内容のすべて一応組み合わせて動作テストをしてみました。DTC-77ESでデジタル録音したテープの再生では、低音部がふくよかな厚みがあり、中音部のヴォーカルは艶のある感じで、そのまま高音部までつながる感じがしました。付属のマイクはやや高音部が弱めな気がします。DATとして、しかも第一世代としての品質はもう十分で、解像感は昨今の96kHz24ビットのPCMレコーダにはさずがに及ばないものの全体に暖みがあり、DATウォークマンよりも明らかにゆとりのある音です。ただライブ録音ではもう少し低音を切りたいかも。
このTCD-D10は、発売後18年経過した2005年(平成17年)12月を以て販売終了となりました。同時にカセットデンスケのTC-D5Mも販売が終了しています。それはこの年に新しくリニアPCM録音機である、PCM-D1が発売されたからとのことです。販売終了時点で、このD10が18年、D5Mはなんと25年というロングセラーでした。それだけ作り続けたと言うことはメーカーとしても実に労力とコストがかかるはずであり、両デンスケを、守り続けてきたメーカーの姿勢に評価したいと思います。ちなみに両機種とも2011年1月末現在修理が可能です。
※残念なお知らせですが、TC-D5MならびにTCD-D10の修理につきましては、SONYの保証する部品保有期間である6年間を既に経過していますので、修理対応は打ち切りになっています。
本文でも触れていますが、このTCD-D10は1987年末の発売であり、その当時はまだコピーマネジメントの考え方が統一されていなかったこともあり、たとえば据え置きデッキではCDで使われている44.1kHzサンプリングでのデジタル録音をできなくするなどの荒療治をしていました。このTCD-D10はデジタル入出力端子そのものを非装着にするという、もっと単純な方法でこの問題を避けています。そのため、多くの解説には本機(TCD-D10)にはコピー制限機構は備えられていないと記述されています。
ところが、1995年に前オーナーさんが購入された本機に同梱されていたマニュアル・資料袋に1枚の興味ある資料がありました(写真をご覧ください)。そこにはなんと、本機にはSCMS機能が搭載されており、本機で録音されたテープは1回のみデジタルコピーができるが、それ以上のコピーはSCMSによって制限されると明記されているのです。さらに本体写真を見ていただければわかるのですが、カセット・ドア右側に、Serial Copy Management Systemという青いステッカーが貼ってあるではありませんか。そこで改めてパッケージを見直してみると、元箱の表側にもそのステッカーが貼り付けてありました。元箱にわざわざステッカーを貼ってあると言うことは、途中からこの機能が加わったという解釈が出来ると思います。
SCMSは、確か1990年ころのDAT(DTC-77ES/1500ESなど)から実装された技術です。おもしろいことに上記資料のフッター部分を見ますと、(C)1990とありますので、少なくともDATデッキに対して一斉にSCMSが導入されたときにTCD-D10にもSCMSが導入されていたと云うことになります。本機は同梱資料の日付から1994年9月前後の製造と推察されますので、SCMS導入時期よりも後に製造されたと思われますので、TCD-D10にSCMSが導入されて少なくとも4年が経過していたことになります。ネット上で語られているような、「TCD-D10はアナログ入出力しか装備されておらず、録音時のサンプリングも48KHzのみで発売時期がSCMS規格ができる以前であったため、コピーフリーである」という解説に関しては、1990年を境にしてそれ以前の製造ロットに関しては当てはまりますが、それ以降に関してはSCMSが搭載されているということになり、結果としてTCD-D10にはSCMS非搭載の個体と搭載の個体という2種類のファームウェア(?)バージョンがあるということになります。
なお、PRO仕様品にはもちろんこのSCMSは最後まで非搭載であったと思われます。それにしても48kHzサンプリングという、CDには無関係のオリジナル録音が大多数であろうTCD-D10での使い方にもSCMSで孫コピーができなくなるとは・・・。