昭和30年代までは都心を網の目のように張り巡らされていた都電が、地下鉄や都バスに置き換えられてしまったのは、もう数十年前のことです。今では荒川区の三ノ輪橋から王子、大塚を経て新宿区早稲田駅までの間を結ぶ下町の区間を結ぶ路線だけになっていることはよく知られています。
昔子供の頃は、都電を「チンチン電車」と呼ばれていたことを思い出します。電車の車両はリニューアルされて現代風のスタイルになっていますが、乗り込んでみると走り出すときの「チンチン」というベルの音はいまだに健在で、都電に乗っている実感を味わうことができます。
今回の撮影は鉄道とポートレートの組み合わせというテーマの三回目。恵美さんを連れて王子駅から乗り込みました。王子→三ノ輪橋→早稲田→大塚と全区間を途中下車して撮影しながら半日過ごしました。都電一日フリー乗車券というのがあって、400円で乗り降り自由です。
王子と三ノ輪橋の区間は高齢の方が比較的多く本当に日常の足として定着している感じでした。車内も乗車率が比較的高く、途中の駅での乗車ではほとんど座れませんでした。その一方で王子から早稲田にかけては学校が多いということなのか、制服を着た学生や子供達の乗車が目立ちました。高齢者と都電という組み合わせはレトロな雰囲気が出ますが、現代の学生服姿と都電という組み合わせもまた日常という時間の中で山手線などよりは時間の流れがゆっくり進む感じで、どこかほっとする安心感があることに気付きました。
都電はあくまで23区内ですから大都会のなかを走っていますが、なぜか途中下車したり車窓からの眺めを見ると昭和レトロの空間の中を選んで走っているような気持ちさえ起きる感じです。特に三ノ輪橋駅に続く商店街はまるで映画のシーンに出てきそうですし、早稲田駅近くのモスバーガーには初めて見るハンバーガーのサンプルショーケース。沿線に立ち並ぶ中小の工場は平成の世の中にあってもしっかり根付いた昭和の生活が続いていました。そこにはタワーマンションもなければ人工的なハイセンスのシティタウンもありません。家の前の小さな扉を開ければ都電の線路がそこにありました。
都電はよほど沿線の住民に愛されているようで、その途中線路脇にはたくさんの花が植えられていて、ちょうど美しい薔薇やツツジが満開でした。あいにく小雨模様でしたので十分撮影に時間をかけられませんでしたが、それでも恵美さんと都電や満開の花との調和を是非ご覧ください。
撮影機材: Canon EOS 5D Mark II; EF70-200mm F2.8L IS USM