僕はときどき「あゝ日本人に生まれて良かった。」と思うことがあります。皆さんも同じように感じるときがあるかもしれません。味噌汁がとっても美味しかったとき。生きの良い秋刀魚を焼いて摺り下ろし大根とお醤油に併せて、炊きたてのご飯を頬張るとき。そして日本にははっきりした四季があること。日本人誰もが持っている思いやりの心。ね?そう思いませんか?
今までもそうした四季折々の日本の景色を背景に撮影を続けてきているのですが、今回のテーマは一年ぶりに「雪」です。
ブログにも書いたのですが、一言で日本の雪景色といってもその趣は土地風土により陰陽様々です。昨年は群馬・新潟国境にそびえ立つ谷川岳をテーマに、その目映いばかりに白く輝く谷川岳連峰とその山嶺にある天神平というスキー場で撮影しました。そこは明るい陽の光を浴びながらキラキラと輝くパウダースノーの世界。心が洗われるような、清く澄み渡った景色でした。それに対して今年はしっとりとした越後の雪です。しんしんと音もなく降り積もる重い雪は、杉の木林の深い緑に白い衣を着せています。時折吹雪くと周りの山々や杉の木林たちは私たちを受け入れまいと拒んでいるようです。点在する村の家々はみな何も言わずに深い雪を頭にかぶせてじっと耐えています。人々もまたこれが人生の定めであるかのように、頭を垂れて長い雪に閉ざされた時間が過ぎ去っていくのをじっと待ち続けています。
それでもこうして静寂の世界と絶え間なく降り積もる雪のなかに佇んでいると、あゝここは日本なんだな、これが日本の原風景なんだなと思うと、とても寒いのに心が安まる思いがして、このままずっとこの景色を眺めていたいと思ってしまいます。こうした景色に心が満たされている自分はやっぱり日本人なんだと改めて思うと同時に、失われていく日本の原風景をこれからも自分の心にしっかりと留めておきたいと思いました。
撮影場所は、JR上越線の越後中里駅付近が中心となっています。本当は原風景を求めてもっと奥まで足を伸ばしたかったのですが、できるだけ日帰りを目標にしているため今回は断念しました。この上越線は僕にとってさまざまな思い出を残してくれている大切な路線です。昨今は新幹線や関越道を利用して一気に目的地まで向かってしまうことが殆どでしたが、こうして目の前に広がる景色に触れると忘れていた思い出が目の前に蘇ってくるようでした。
上越線のホームから眺める景色は、重なり合うように多くの電柱が架線を支え、雪に煙る信号がほのかに光っています。除雪されてはいますが線路の脇には背の丈以上もある積雪の中をコトコトとゆっくり電車が走ります。車内の暖かさで窓は結露で真っ白くなり、そこを指で丸くこすって外の景色を眺めます。窓際には凍ったミカンとお茶。懐かしい思い出です。電車は駅に着くたびに手でドアを開けますが、主要な駅以外はほとんど乗客の乗り降りはありません。国境の長いトンネルを越えて行き来をする人はローカル線のように少なくなりましたが、そこだけ時間が止まったかのように窓の外は幼少時の思い出をそのまま残していてくれました。
僕が恵美さんの年齢だったころ、トンネルを抜ける上越線はまだ幹線としてさまざまな列車がこの雪の中を往来していました。いまでは数時間に1本の鈍行列車しか走っていません。ところがJR東日本の首都圏を走る電車達は、その多くが新潟の長岡というところで製造され、この上越線のトンネルを抜けて東京へと運ばれているので、いまでもこの上越線は立派な幹線なのです。新幹線が開通すると多くの在来線は廃止・第三セクター化となり大きな変貌を遂げていきますが、この上越線やその駅だけは昔の風情を保ったままこれからもこの姿を残していくことでしょう。
こうした景色もまた、僕にとっては大切な日本の風景なんです。
撮影機材:Canon EOS 5D Mark II / EF24-105mm F4L IS USM