上越国境というと、僕には雪のイメージしかありません。周り一面真っ白な雪景色に、ほっとする温泉。夜は旅館の炬燵を囲んで家族でするトランプゲーム。そこには甘い温泉まんじゅうと湯気の立つお茶。窓を開ければ軒先に太く長いつららが伸び、夜の静寂の中、走り去る列車の汽笛と客車のテールランプは子供ながらに映画のシーンのような記憶として脳裏に蘇ります。
でも実際には、四季折々の姿を見せる谷川岳連峰の山々と、深い峡谷。透き通るような川の水はすくって飲めば心まで洗われるほどの自然を堪能できるのです。登山家たちにすれば、入山を断られる雪山よりも、こうした春夏秋の姿の方が馴染みが多いのではないでしょうか。
僕たちは、敢えて今年の冬に訪れた経路を辿るように、新緑の上越を目指しました。
残念ながら夏と冬では列車のダイヤも異なり、冬期以上に旅程を組むことが困難になっていました。越後中里での途中下車を断念し、越後湯沢から乗った電車でそのままトンネルを抜け土合駅までやってきました。
やはり冬とは違いました。もちろん雪の話ではなく、観光客がひっきりなしに土合駅に訪れていたのです。それもマイカーで。殆どが東京都内のナンバーをつけたクルマ達でした。土合駅は観光地化していたんですね。冬には豪雪で何も分からなかったけれど、土合駅前には何台ものクルマを駐車できる広場があったのです。最近では珍しく舗装されておらずでこぼこのままでしたけど。
雪のない土合駅は、また違う魅力を出していました。山小屋風の駅舎は雪よけがなく、とがった屋根は青空に向かって突き刺すようです。周りの山々は深緑が美しく、湯桧曽川の渓流の音が周りにこだましています。クルマや観光客さえいなければ、小鳥のさえずりや渓流のせせらぎを聴きながら、自然に溶け込んでいたい気持ちでした。無人駅でしかもお店もなく自動販売機が一台だけポツンと置かれているだけなので、訪れたマイカーの観光客も一通り見渡すとすぐその場を立ち去ります。残されるのは休憩を取るハイカーや登山者がほんの数人。みな2時間近くも来ない電車を待っているのです。
目指す清水トンネルは駅舎から歩いて数分のところにありました。そばの踏切から見えるその入り口は、もう開通後80余年になるというのに煉瓦でしっかりと造られ、長い間越後と東京を結ぶ大動脈として多くの列車を支えてきたのです。それを思うと、このトンネルもまた日本の大切な財産であることを思えば、先人達の努力と苦労に感謝の念を禁じ得ませんでした。
土合駅から引き返すときもまた冬と同じく80mの高低差、400段を超える階段を下りていきました。今回も再びトンネル内での撮影に臨みましたが、どうしてもストロボAEが期待通りに動作せず無駄なカットを量産してしまいました。それでも若干ですがなんとか撮影できた部分もありますので公開に踏み切りました。
避暑地としてはあまり注目されない上越線沿線なのですが、箱根方面や信越、そして中央線方面などの避暑地に勝るとも劣らないほど自然が美しいのも、新幹線や高速道路が山の麓を別のトンネルで通り過ぎてしまうため、リゾート開発が行われなかったことや温泉目当ての客足が遠のいたためであるとも言われています。もしそうだとすると、将来もこの原風景を失うこともなく私たちに自然の美しさを見せ続けてくれると思いますし、この歴史あるトンネルもまた失われた碓氷峠とは対照的に現役として脈々と国境を越える人々を運び続けてくれるでしょう。
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撮影機材:Canon EOS 5D Mark III / EF24-105mm F4L IS USM